大鳥のこと

【大泉・朝日 山の人生】 伊藤秀勝さん

実家はこの家から少し上ぼったところ。本家やまずは。俺 3つの時に分家なってここさ来たんだな。兄弟は3人。親は炭焼きかなんかして、冬は出稼ぎ。田んぼは何ぼか食べるだけあったんだ。牛は農耕用なんだかな。餌やった覚えは、記憶はあんまりねぇけんど。学校上がりは遊んだ、遊んだ。それこそ道草程度や。梨の木あれば梨食ったり。川さも行ったぜ。夏はイワナ獲り。箱メガネとヤス持ってや。滝あるところまでいったんだ。ダーッと登って行っていそうなとこを覗いて突いてや。昼間な。俺ら夜突きってはあんまり行かねえな。あの頃は雑魚釣りでヨソの人があんまり入ってこねえもんだから魚がいたわけや。倉沢しょもザッコ釣りだかしやる人はいたよ。俺の親父もやるんだっけな。昔は立派な釣り竿はねえ。ヤスみたいなもんやな。田沢に鍛冶屋ってあって、そこでも作ってくれるんだっけ。俺はその鍛冶屋で熊獲りで使うタカツメ作ってもらったん。靴持ってってな。タンゾー鍛冶って俺ら呼んでたんだけどな。冬はスキー乗りやん。ここら辺だって杉の木、大きくなくて。ザーッとあのポンプ小屋の方まで行ったもんだから。なー、乗ったなー。子供しょ集まって。家の前からスキーで歩いて。昔のスキー。知ってっかな。革バンドでや、ビンゾルってな。バンドで足が上がるなや。ガッチャンは最近だね。ウサギワッカもしたし、ウサギ巻きも勢子やったよ。好きな子供は行ったかもな。ここら辺全部やん、山。カンジキ履いてや、みんなで。

中学校上がってからは出稼ぎ行ったんだな。倉沢の先輩に連れられて。最初はどこ行ったっけなあ。最初は仙台とか気仙沼の方さ行ったかな。土工。あの頃はまだ車の免許ねえんだ。ほんで、だいぶ歩いたかもな。現場が変わるっていうか。長期工事さ、必要な時。3年ぐらいは夏冬行ったかもや。して今度は冬だけ。また別のとこ行って。春の農作業する時に帰って来たんだやな。で、こっちで夏場は日雇い程度に働いて。みんなこのパターンだんねぇ。車の免許取ってからはや、春早くにイチゴ運びしたもんだ。農作業始まる前だな。庄内の黒森の方から。袖浦とか西郷とかや。あの辺から 4トン車の平ボディーさ満杯積めて。北海道の市場さ、ダーッと配って歩くなや。青森まで行って、フェリー乗って。それ何年もやったなぁ。中距離だか長距離だか。1週間に3回だぞ。イチゴ運びは3-4年余りはしたな。免許証、スピード違反とかで停止になるんだっけ。ほいでこの商売ダメだなって思って辞めてしまって。そして今度は秋に庄内柿。庄内柿はまだ朝日の農協で選果場あったんや。そっから 4トン車で運んで。この柿も北海道行きで鶴岡駅の貨車さ積むんだ。柿はすぐに食わねったっていいんだ。袋箱さ入ってんやて。その商売もはだいぶやったな。

除雪の仕事は俺、かかぁもらってからだな。結婚は26歳か。その年からだ。役場の出張所に所長いた頃なんだ。そこさ履歴書持って行って。俺が子供の頃は正月というと、ブルドーザーでタタタタタタって歩いて足跡つけてんねや。踏み固め。県道は雪抜けて。今みたいにキレイではねぇけどもな。俺はずーっと直営で 43年やったんや、朝日村の除雪。合併して業者委託なってからは鶴岡市の除雪さ。トータル44年ぐらいか。直営辞める時は俺が朝日で一番長かったな。除雪も昔とは変わったしな。道路も延長になったろんし。だども、抜き方は変わんねえよ。ただ、家少なくなってきて昔より空き間できたんね。排雪も昔はあんなに雪のけねぇ。ダンプで運ぶなは1 日かそこらで。あとは散らしたもんだみな。それでちゃんと消えるんだもん。今は機械屋なんだか、排雪で1ヶ月ビッチリだもんな。雪の降り方は少なくなった。でも、周期あるな。10年刻みぐらいでグーッと降ってみたりな。にわか雪ふるもんな今はな。一晩でドーンと降って、1週間もパッと消えてみたり。やってみっとほんでね?いきなりドッカンドッカンって。

俺鉄砲を持ったのはいつだっけな。免許は結構早く。龍夫がだと同じ年に取った。キッカケっていうか、あの頃は部落でみんな、ほれって取ったもんだ。最初はやっぱりウサギ巻き行ったり。春なれば熊獲りさも行ったじゃんな。大鳥さも、倉沢も行ったしな。倉沢は大鳥よか1週間も早いんだ。こっちでまず一つ獲ってや。それから、4月25日あたりになったら、やな。29、30日当たりは必ず獲れるんだっけ。俺ら行き始めた頃は獲れたんだな。俺は大鳥さいって空戻りしたことねぇもの。勢子で追ってたって熊、向かって来るんだっけ。撃ったんだな、俺は。散弾でや。勢子でも撃たねばねぇんだ。

俺、大鳥の山奥、馬の背で撃ったな。ヒョイんと上がってきたんだっけ。そこさ、デンと立って。上トリキリなんだ。孝治が一番上トリキリのジャジャ森から追ってくる。俺はそこさ手前で立って。一の上げ、二の上げ、ってずっといるわけや。メェカタに与一さんと朝男さんがいて。本メェカタが与一さんやって。 ほして一番奥のイチラ松、それさ孝治が行ってまず追い出すわけや。「ここら辺さはいったかもしんねぇ。」って必ずボイ出すんだ。メェカタ見つけないうち、いつの間にか俺の前さ熊がヒョンと顔出して。雪の上さ上がったのをボンって撃って。孝治が「滝の上さ転がってきた。」って。引っ掛かってた。「どうもいってたかもしんねぇ。」って。

あっこさには熊にはいるな。俺が行ってた頃はいたっけ。二三男と孝治と常男と征勝さんと俺、5人や。前日は沢の上さ行っていなくて。あの飛行機平の上まで歩いて。手前の山の上まで行ってもいなくて。裏表見てもいなくて、そしてまた、沢の上さ来て「降りていねぇば行こうで。これ最後で。」って別れて歩いた。したら雪の上に真っ黒いのがデッっといたんだっけ。「これ熊だぜ。」って。それ撃って獲って。常男と3人して背負ったはいいけど残ったわけや。デカくて。胴をはやしておいてロープ掛けて引きずってきたわけよ。孝治と征勝さんは奥さ見出し行ってたわけや。今度、「獲ったはけ迎え来い。」って無線機かけて。そして沢を上がってきたんだっけ。「まずよかった、よかった。」って。

別の時は旧道を上がって沢の頭さあがって。孝治と二三男が夏道行ってマエカタするって。ほして別れてしばらく見たけども、空だんけ。したら、「待て待て待て。」って。入ってきたんだっけ、池の方から。「もう越えるぞ。」ってテッペンまで上がってたわけや。それで配置3人して、熊の流れ見ながら「行くぞ、行くぞ、行くぞ。頭さ、行くぞ。」って。ふらされねぇで来たもんだもの、熊。たまげたっけな。それで征勝のこと挟んでや。征勝さんさ撃たせたくて。征勝さんがチラチラと見えっけども撃たれねぇんだっけ。また俺の前さ来たもんだ。10mや。よし今だと思ってベンと撃ったら当たんねーあんけ。ボーンとひっくり返ったんや。たまげたっけな。「走れ!走れ!」「くだった!くだった!」って。あと見失ってや。どっかに入ったなって。マエカタも見えねぇし下さ行って抜けられたかなって思ったんや。下見ると、熊がまた戻ってたんだっけ。一の上げの松のテッペンのほうさ丁度よくいて。俺も走る力尽きてケツついたんや。よーし、と思ってバインと撃ったんや。それが致命傷になって。まくれて沢までテンと落ちたんや。それがデカかったわけや。まいったっけなあれもな。あと逝ってるはけ引っ張って降りてきてたんや。「あと大丈夫だろや。ちょっと放そうで。」って放したらシューって滑って行ってしまってな。“アオゼェ”でな。みんなで茫然としてたんや。したらちょうど雪の上さ岩ガンコロ3つ4つあってや。それさ引っ掛かって止まったんけ。んでねぇばあの滝さストンって落ちるとこや。背負って、あの時も帰りは川べりいったんや。おっかない目してきたなぁあの時も。

猟はやっぱりあれだよ。先人たちを見ながら、この山は動物はどういうふうにいるか、どういうふうに逃げっか、どういうふうに熊が入ってくるかと。熟知した人たちが、この教えをいかに正確に教えてきたか教えてこねえかで。今の人も獲れるようになるか。それをいい加減に習ってきたら獲られねぇじゃんなんぼやったって。俺は教わったっていうかやり方を見たわけやな。ここら辺の人ってみなそうだと思う。1 から 10まで教科書や喋って教えてもらったものではねぇ。やっぱり自分で、それこそ勢子させられた時はこういう風に入ってこいとか、ああいう風に入ってこいとか。やっぱり体さ、沁み込んで来たわけやな。追って行けばこういうとこ立ってたっけ、とか。熊はこういう時かなと思って自然と覚えてくるじゃん。

山も大概知らねぇと、熊の行き場所が分かんねえわけやな。あぁいうものは身を隠しながら逃げるもんだってことを覚えてればいい。よっぽど切なくねぇば、真っ白の雪の上とか見通しの良いところは行かないわけや。姿を隠しながら逃げる習性が凄いわけや。んだはけ自分の撃ち悪いようなとこさ熊来るなと思っていれば間違いねぇ。雪の上はたまにペッペッて見えるぐらいやし。熊の潜んだような姿が隠れそうなところ。

柴の裏とか耳元澄ませて。ガサガサって柴揺れるはけや。もう熊が隠れて忍んで逃げようとしてきてサバサバサバサバって俺のっぺこして来るもんな。だけん、摩耶山だって峰さいて巻いた時や、無線聞くと「ああ、この熊はあそこ行きてぇあんだな。」って大概分かるよな。

大鳥さ行っても孝治と俺と、メェカタとタチマエに分かれるわけや。「ヒデ、わねいっこ歩けねぇ。」「俺じゃあメェカタさ行く。」って。「人いねぇば俺追って上げて来るはけ。タチマエのほう任せるぞ。」って配るとこ大概配置してや。あと土台逃げられねぇはけ、「わね熊見つけたか?おらほから見えるし。わねほのヒラさいたんだ。このヒドさ降りてこい。して撃たれる時は撃て。」って。そして「今度こっちさ来るはけ間違いねぇ。」って。して上がってきて撃ったんだ。大概そうして獲ったんだ。

昔のしょ、朝男さんだかし与一さんだかしマエカタしてた頃、必ず勢子使って獲るんだっけ。昔は勢子は2人。メェカタは2人、奥メェカタ入れると3人いてな。あとタチメェ10人もずーっと連れて歩いていたわけや。いた想定でいろんな面をやるわけよ。そうすっと、出てきたのを誰かが見てるわけや。 昔は19人もいたんだ。熊を必ず一のあげ、二のあげさ、やる工面だなや。

でも最近は人がいねぇわけや。熊だってウサギだって同じだろって。動物だし獣だし。それこそ熊だって真上から攻められたら逃げ場所あんまりねぇあんでねぇかって。だから「孝治わねここはずーっとヒド、熊はこっちのヒドさいたし、ずーっとヒド降りて来ておいて熊の頭をヒョッと覗け。あとこっちで誘導するはけ。」って。熊が逆のヒラさ行くとメェカタが逆になるわけや。 大鳥でも3度くらいそうして獲ったことあるんだよな。

ある時は西大鳥の2人が来たわけや。俺がタチメェで、大鳥の山、一の上げの三の字さ連れて行って。「孝治、ケモリからブナの木降りてくるはけ。見てろ。あそこ熊いて。」「あと熊見つけたし、どうする。やるか。」「やろやろ。あとこっちは抜けられねぇ。どっち来たって獲られるはけ大丈夫だ。必ずここに来るはけ。脅せば沢渡って三の字さ来るはけ。」って。その時は孝治、ご苦労してや。「孝治ちょっと覗いてみろ、熊見えっか。」って言うと。あの人はそっと喋る人だはけ、「いた。」としか言わないはけ。「撃たれるのであれば撃て。熊背負われる人いっぱいいたはけ、撃て。」って。そうすっと一回は当てかねてな。熊下りたんだっけ。「また撃たれるか。」って言ったら「撃たれる。」って言うはけ撃って。そこで獲って。西の2人も大喜びしたんだ。すさまじいことするんだなって。熊の頭から孝治を降ろして沢まで落としてまた上げて、というか上がると思って。逃げた場合はだぞ。そういう作戦はな。人夫少ないんだもの。熊いたところでちっちゃく囲んでしまう。気が付かねえように囲うあんや。そん時、熊見つけてもらって、タチメェを誘導するから。感づかねぇようにパパパパッって配れれば。「よし、あと配置ついたから大丈夫だ。いいぞ。今度はおらがたからも熊見える。」あと兼業なら勢子とメェカタと。どっちがいいかって、わかんねぇなや。

俺はあんまり深く考えねえんだよ。パッと思いついてやるし、撃たれろうば撃てって。状況に合わせるわけよ。熊出た時考えるしかねえな。自分が見出しさいって発見すれば、人集まるまで3人あれば獲れるとか、3人あればなんとかこの山を巻かれるとか。いろいろな策を考えてる。誰だってんだろ。ただ、巻きは小っちゃくしたってな。昔からのこと、スベわからねぇば。めくらめっぽう小っちゃくしたってな。熊行きたいとこさ人行かなくては。ここで追えばあそこへ行くってことを知っとかねば。

熊を獲れるって感覚が身につくのは…。いつ頃ってことはない。自然となんでね。やっぱり出た場所でも「これは難しいな。獲れねえかもな。」っていうのは、やっぱり獲れねえ時あるもんな。「これは熊の勝ちだかもな。」って。ちゃんといるんだよな、逃げ感のある熊。あんまりにも勘付くもんでな。感じねぇのはホロけみたいなもんだし。獲られる熊っていうのはな。今まで、熊運いかったんねぇ。俺だって年寄りたちと一緒にやってきた経験からだろうがな。こういう時いたのを逃がしたっけとか、そういう感が身についた。んだはけ文一はよく俺と孝治のこと、「わねぶらは大鳥さ行って場数踏んでるんだはけって違う。」って。なんだって経験だぜな。射撃だって、撃たねえ人は当らねぇんだっていう。

射撃は昔からずっとやってた。俺は鉄砲持って2年ぐらいはや、ひとっつも当たらねえんだっけ。それこそ猟友会の大会とかで行ったってや。この頃は自分で常に行くなんてことねぇあんや。射撃場だって出来て浅いんだし。そして連れられて行ったわけやな。一郎さんと俺と洋一だか。やってみてこれは面白いもんだなって。洋一と行き始めて 2、3年頃から当たるようになってきて。すっと、猟友会の射撃大会でも俺と洋一が上位さ行くわけ。そうすっと鶴岡の支部大会行って、顔になってきたわけ。優勝も何度かしてきてや。今も月一回は行くや。4ラウンドぐらい。当たんねぇば。だんだんに当たってきたらやるども、下がってきたら辞める。無駄だもん。多い時なら毎週行ってる時もあって。

俺もライフルで遠いなん撃ったな。松沢と倉沢の間の山。俺は一郎さんと倉沢から上がって行って。松沢から松沢一郎さん、二三男らが上がって。して俺一番下さ行って追ってくる勘定で。松沢ヒラさ熊いてな。あとどうしようもなくて「撃つぞ。」って言ったら、「当たりそうだかよ?」って言われて、「わからねぇ。」って。一発撃ったら熊、黙っている。「当たらないと悪いからもう一発撃ってみろ。」って言われて。撃ったばゴロンといったんけ。弾、貫通したんねぇ。

あと朝男さんと一回。240ⅿ。朝男さんのタバコ吸って、杖借りてリュックサック背負ってたんや。あと降りしな。あと水飲み場の上でデンと休んでた時、朝男がアカズッコクレさ見つけたんだ。「あれ熊だぞ。赤土の柴株さいた。」って。杖をジャインっといわせて撃ってみたら、ガッコロガッコロってまくれたんや。俺は逃げたと思ったんや。朝男も「あっ、あっ、あっ。」なんて言う。俺もいっぷく終わってみな出はったんや。常男が早いんだはけ熊のほうさ行ったんけ。俺らは当たらないもんだと思ってゾロゾロと通過しようとしったわけや。したば常男が「わねぶら熊いらないとこだか?いってたぞ」って。「なにと?俺過ぎたぞ。」って。それ引っ張ってきてや。そんな大きくないんだはけ。たまげたこともあるんだな。当たってたって。倉沢しょはあの頃はみなライフルで獲ったんだ。

ここ数年、集落辺で熊見かけたっていうのが増えてきてな。やっぱり気象変動が。食い物ねぇばねぇっちゃ。学者はみなそういうども。人工林が減ったとかって言うども。俺は海も山も同じなんでねぇかなって。マグロだって夏に湯野浜あたりで釣れてみたりや。熊だって温度差でどうなってくるかわからねぇ。食いものばっかりではねぇと思うな。一番はそれでねぇかなって。

伊藤秀勝さん:昭和27年生まれ
聞き取り日:2025年11月30日
文責:田口比呂貴