大鳥の献立

春から秋の野良仕事を支える“ケ”の餅文化。あらね餅を作る。|工藤定子さん

平野からもたらされた稲作文化はいつからか山間部にも浸透し、山の文化と重なりながら営みが続いている。ここ、大鳥でも年の瀬が近づくと、ムラのおなご衆の間で「今日は2升搗かねばねぇー!」といった具合に餅つきの話題が広がり、家にいる時は目が“まぐまぐ”するほどに日々、餅と格闘している。床の間に並べられた数えきれないほどの丸餅は、正月に間に合うように今年も親戚や息子・娘に送られていった。「今年も終わったなぁー。」ホッとするのもつかの間、今度は正月の準備が慌ただしい。

昭和の時代も同じ風だったろうか。大鳥の人にお話を伺うと、一昔前はどの家にも臼と杵があり、それぞれに餅をついていたため、今日のように大量に送ることはしていなかったそうだ。かつて、各家で搗かれた餅は、年中行事などの“ハレの日”用と、野良仕事のような“ケの日”用に用意がなされ、味も形もおもしろいくらいに変化する。“ハレの日”は正月の丸餅や雑煮餅、彼岸のぼた餅、端午の節句の笹巻きなどに、“ケの日”は熊狩りやぜんまい採り、田植えのために冬の間にこしらえた凍み餅、堅餅、あらね餅、シナ餅といった腹持ちのいい保存食になっていた。

その中の1つ、あらね餅を繁岡集落の工藤定子さんが作れると聞き、取材させて頂いた。大鳥の人が言う“あらね餅”は、スーパーなどでも売られる“あられ餅”のことで、サクサクと香ばしく、手が止まらなくなるのはご承知の通り。定子さんは、餅をつくところから切って干すまでをじっくり見せてくれた。段取りがよく、キビキビ動きながらも落ち着いた手つき。蒸かすとき、搗くとき、切るとき、干すときの細かなコツも丁寧に教えてくれた。十分に干されたあらね餅は、煎り器にいれて薪ストーブの上へ。時おり左右に振り、ひび割れながら膨らんでいった。煎りたての香ばしさと、栃の匂いがほのかに口から鼻へと抜けていく。しっかりした歯ごたえがどこか素朴で懐かしい。10粒そこらでお腹いっぱいになってしまった。

あらね作りがひと段落すると、定子さんは昔の農作業の話を聞かせてくれた。19歳で大鳥の農家へ嫁いできてから、多くの時間を野良仕事に費やしてきた。牛を連れて山を歩き、田んぼを起こして掻いて。幾度も通って鎌で草を刈り、刈った草は背負って運んで牛糞と一緒に肥塚にした。出来た堆肥は春先にソリで雪上を走らせて田へ運び、スコップで3mもの雪穴を掘って堆肥を入れた。苗代の雪をスコップで投げて、雪解けを早めた。雪が解けたら堆肥を田へまいて、苗が育つとそれを背負って運んだ。田植えとなると、親戚など何人もの人と一緒に腰を曲げながら一株ずつ植えた。雪国の稲作は、平野よりもとにかく手間暇が掛かったものだった。腕まくりで田植えしてる最中、家のお爺さん・お婆さんがあらねを煎り、ホオの葉に包んで食べさせてくれた。「“あらね”は美味しかったな。自然のモノだから。」と、当時を振り返った。

※目がまぐまぐする:庄内弁。忙しくて目が回る様子。

取材日:2020年3月2日・4日  文責:田口比呂貴

あらね餅の作り方

材料

  • もち米 一升
  • アク抜きされた栃の実500ℊ
  • 塩 少々
  • 小麦粉 少々

作り方

1.前日の夜から1升(4kg)のもち米を水に浸し、ザルにあげ水を切っておく。

2.蒸かし鍋に水を入れて沸騰させる。

3.布を敷いた蒸し器にもち米と栃の実を入れて、最後に少しもち米を掛けて布で覆い、蓋をして45分間ほど蒸かす。

4.蒸けたもち米と栃の実を餅つき機に入れ、スイッチを入れる。

5.10分程度で栃ともち米がしっかりと混ざるので、塩を少々、小麦粉を茶碗半分くらい入れる。その後、10~20分くらいで搗き上がる。

   ※乾燥割れを防ぐための“繋ぎ”として小麦粉を入れる。

6.搗けたもち餅を番重に広げ、1~2日ほど部屋干しする。

   ※硬くなりすぎると包丁で切れなくなるのでこまめに確認する。

7.1㎝×2㎝くらいの大きさに切り分ける。

   ※小麦粉につけながら切り分けると餅同士がくっつきにくくなる。

8.1か月ほど部屋干しする。(気温や天気を見ながら)

9.あらね煎り器に入れ、薪ストーブの上で煎る。時々、煎り器を振って全体に火が通るようにする。火加減にもよるが、15分~20分くらいで煎れる。

   ※あらね餅は、草餅、白餅でも作った。白餅には青・黄などの色粉をつけて作ることもした。

大鳥の献立

栃餅つきと旅するお供え物 工藤定子さん

子供の頃、おじいちゃんの家で餅つきをしたことがある。大きな茅葺き屋根の下で、臼と杵でエンヤコラと力を …