大鳥のこと

『大鳥池 – 1908年 地学雑誌, 20 巻 12 号 P856-858 中村熈静』現代語訳

明治40年(1908年)9月に大鳥池の地形を調査した中村熈静という方の論文を現代語訳…というほどハードルは高くないが、訳してみた。

西大鳥川のことをシロタケ川と呼んだり、大鳥池登山の最後の七曲りを越えた場所をサンガミチ峠と呼んだり。昭和9年の大鳥池の制水門ができる前の時代に仮小屋に泊まったと記されていたり。標高は現代の測量されたものと結構なズレがあるとか、猪や狼がいるようだ…とか、そうなのかな?と思うところもありますが、色近代の記録が少ない中では貴重な資料でした。以東岳から見た大鳥池を現代は「熊の皮を広げたような形」と例えることが多いですが、この方は「正座した土偶のよう」と例えていて面白い。

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明治40年9月中旬私は地形測量のため福島山形新潟三県下を巡回し、たまたま山形県羽前国東田川郡大泉村大鳥池に行ってきた。この池は郡中の最大の川である赤川の水源にして人里離れた山奥に位置し、したがってその状況は多く世に知られてはいないことを以て、ここに大要を述べ、その道の参考にしてもらおうというものである。

赤川の上流には梵字、シロタケ及び大鳥と称する三大支流がある。その中の梵字川は最も深谷にして羽越の県境小朝日岳の北背より流れているも、古来地図上にはもっともその上流の水源地が記載されず、これが旅行者の最も遺憾とするところである。シロタケ川の奥には大鳥部落よりも三里余りのところに目下古河鉱業会社にて稼働中の大鳥鉱山がある。

大鳥川は櫛引川とも言い、その水源は即ち大鳥池にして、その行程は大鳥部落(海抜234m)より南方8~9里と称するが、その実は少々近いようで、私はその間の測量を難しい場所では歩いて測量或いは目測したが、大体6里強であった。しかし川の中を電光線的に縫って遡った測算としてはいわゆる8~9里と称するのは疑いようもない事実だった。

大鳥部落より一里ほどは田畑があるが、それより半里ほどは河原を行くもので、格別道らしきものはなく、上流に遡るに従って大きな花崗岩の転石中を通過して、また川をあちこちへ約三十回余り渡渉して、瀑布及び深淵の上を通過するには横這いもしくは四つん這いの所も少なくなくて困難を極めた。その川は急流で腰部まで達する。私は先方に到着するまでに腰より下は全く乾く暇がなかったが幸いにも今年は近年稀なほどの旱魃で、大鳥川の水量がかなり少なかったので探検には好都合の時期だった。それでも、以上述べてきたように道中とても苦労した。この地に赴くもの普段の水量の時は尚更だったろう。時期を選ばなければ到底目的地に達することはできなかっただろう。

川筋には猫渕、皿淵、西の俣および源太沢と称するかなり大きな4つの沢がある。皿淵沢は砥石を産出し、西の俣沢は水源を越後の県境より発し、その支流金堀沢には鉱山がある。そこはとても盛大に稼働していたようで、今なお山神あるいは小屋等の形跡がある。下方の神禄(甚六?)沢にも砂金を算出するところがある。源太沢の左岸約250mは断崖絶壁の下にベテランのイワナ釣りが図らずとも夜中怪光を見たと言う。これを聞いて別の日にそのところを大人数で捜索したが、いかんせん素人同士のことなのでついに良い結果は得られなかったという。源太沢から奔流を遡ること1㎞余りにして一方は大鳥池、一方は七つ滝(七か所池口の下にある滝)に至る分岐点に着いた。この所は海抜766mにして大鳥部落より532m高い。これより先は急峻の坂道となり、小渓を400m登るとサンガミチ峠(海抜952m)に至り、それから緩道を下ると200mくらいでついに目的の池、海抜939mに到達する。大鳥部落より行程2日間の地である。私が当地に来たのは9月14日なので、たまたま天気が晴れ、四近の高山、一点の雲もなく、池の水波は静かにして鏡のようだった。実に爽快だった。

すぐに私は野業を辞めて小屋に仮泊まりしたが、午後10時の寒暖計は華氏45℃を示し、深夜の寒気を覚えた。翌15日は満天に晴れ渡り、南東の以東岳(海抜1,812m余り)の山頂を遥かに参謀本部一等、三角点の目標を見ることが出来た。

池畔にはもちろん道のようなものはなく、これを回れば険悪な水際または山上を辿りつつかろうじて進める。奥、すなわち南岸は水際30~45℃の傾斜をなし、このところに至る時は実に深淵に挑む気持ちがした。池の形態は一見正座する土偶のようである。周囲約3,100mあり、奥の方は深く、口元は浅く、土偶の右手あたりが落ち口である。その所に7戸の瀑布が存在する。池を涵養する渓流は三角沢(砥石を産出する)西の沢、中の沢(露頭鉱脈)および東の沢の4つの沢で、涵養地域は大体図形をなし、池は少々きたに傾いて位置を占め、面積は約6.37㎢である。

地形上この池は陥落作用によって生じたもののようで、四近の山岳はみな花崗岩によって成立している。池の中にはイワナが多くいて、この地方著名の生産物の1つである。付近には熊、青(カモシカ)、猪、狼等の野獣が多いようで、かれらの足跡いたるところに点々と散在するを見ることが出来た。