【大泉・朝日 山の人生】特集、はじまります。
前回、大鳥の方々からの聞き書き特集【大鳥 山の人生】を公開してから2年。惜しくも亡くなってしまった方がいたり、ご高齢によって家の外に出ることが少なくなり、顔を合わせることが少なくなってしまっている。振り返れば、一緒にぜんまい小屋を作って頂いたり、一緒に熊猟に行ったり、一緒に食卓を囲ませてもらったことが本当に貴重な体験になっている。そういう時こそポツリ、生活の有様やその人生が語られていたような気がする。
この70年80年という時間の中で、山間地域は生業や生活が大きく変わってきた。稲作はわかりやすいが、機械や肥料、品種改良がなされて省力かつ収量が取れるようになってきた。山菜も畑で栽培されるようになる。熊猟も無線機やライフルが普及して、巻き狩り手法が変わる。炭焼きが廃れていき、杉の植林が盛んに行われていく。ダムが出来、生活拠点の移動を余儀なくされ、ダムありきの生活へと変わっていく。
その一つ一つ、経験してきた事柄を大鳥からほど近い、旧大泉村の荒沢・倉沢・松沢集落の方々や、旧朝日村中心部に住まれていた方々11名からお話を聞かせて頂いた。いずれも大鳥と関わりがあったり、一緒に熊猟へ行く方々である。
- 俺の場合はほら、親父から農家の倅は後継ぐもんだという意識を強く言われたからやったけんども。農業情勢があぁいう状態だったもんだから子供らにここで生きていくことを教えたりすることはできなかったんだ。
- その時代、その地で生きていくための一通りの手伝いはやらされてきた。「なにを覚えておいても良いもんだ。」「どこかで役立ち、生きていかれるように」って言われての。
今にも消えていきそうな経験と言葉が数多あるけれど、自身の子供たちに“山で生きること”を教えられなかったそう。だからせめて、記録として残しておきたいと思う。
【大泉・朝日 山の人生】特集、はじまります。