山のめぐみ図鑑

ヒラタケ|平茸 ワケェ

大鳥では”ワケェ”と呼ばれるキノコ。5月頃~雪が積もる12月頃まで毎月のように出るので”ツキワケェ”とも呼ばれる。傘の形がへん平状、またはヘラ状に開くことから平茸の名が付いたと言われる。

岡村稔久著の『日本人ときのこ』によると、史上ヒラタケの初出は平安中期。”今昔物語集”に集録されている「比叡山の横川の僧が茸にあたって誦経すること」という説話では、汁物とするのに味噌とカヤの油を使っていたそう。その他、味噌のつけ焼きや、味噌とゴマ油を使った炒め物をしていたという説話も収められている。歌謡集『梁塵秘抄(1169年頃)』では、修行する聖のため、比叡山の北にある比良山地から採れる食材を紹介した今様歌が詠まれている。内容は以下の通り。

聖の好むもの 比良の山をこそ尋ぬなれ、弟子やりて、松茸・平茸・なめすすき(エノキタケ)、さては池に宿る蓮の這(レンコン)・根芹(セリ)・根ぬなは(ジュンサイ)、牛蒡(ゴボウ)・かうほね(こうほね)・独活(ウド)・わらび・土筆(ツクシ)

江戸時代には、代表的な家庭料理実用書である『料理物語(1643年)』で”平茸 いろいろあるが、汁、煮物、焼いて。”と紹介している。前述した『日本人ときのこ』では、幾つかの文献を通じて料理法を紹介している。『和漢精進料理抄(1697年)』では料理法ごとに茸の月別献立が載っており、汁:12月 ヒラタケ(とダイコン)刺身:11月ヒラタケ(とクリ・ショウガなど)といった形で、ヒラタケは汁と刺身で調理されていたことがわかる。その他、家庭料理本の『素人庖丁』では”水で良く洗い、ほどよく切って小串に刺し、コショウかサンショウの醤油でつけ焼きにする。”と、ヒラタケの付け焼きレシピが紹介されている。また、この時代にはヒラタケは乾燥保存もされ、手に入らない時期に精進料理や懐石料理に出されていた、とある。

江戸後期に東北を旅した菅江真澄残した『遊覧記』の中では”秋田のとある町で売られている物にはヒラタケ、ネマガリタケ、あけびの若芽がある”と記述され、その時代には庶民も口にするものであったことがわかる。

英名ではオイスターマッシュルームと言われ、ヨーロッパのブナ帯地域でも日本と同じように年中、特に夏の終わりから冬までに採取される。ヨーロッパで自生する山菜や茸、木の実などの生態とレシピを紹介している『WILD FOOD』では、パセリ、イラタケ、ニンニク、塩コショウをソテーし、フォンティーナチーズを加えてオーブン焼きする調理や、provencale(トマト、にんにく、オリーブオイルで作るソース)を使った調理法が紹介されている。

大鳥では積雪のない5月~11月頃まで広葉樹、特にブナの枯れ木や倒木、切り株に、重なり合うようにして出る。幼菌で見つけても、3日もすれば食べられるほどに成長する。大鳥では原木栽培も行われている。形が崩れないよう素手で根元から採取し、テンゴや袋に入れる。持ち帰ったら水に30分ほど浸して付着した虫や落ち葉、木屑、土を浮かし、洗い流す。石づきは少し硬いのでハサミで切り取る。

風味が良いのでダシを取り、お吸い物にするのが大鳥では一般的。炒め物、鍋物にも合う。産直などでは乾燥したヒラタケも売られているが、大鳥では、茹でた後に塩漬けか、冷凍保存。冷凍の場合は自然解凍して使用する。

■参考文献

きのこの呼び名事典 写真でわかる』 大作晃一

日本人ときのこ (ヤマケイ新書)』岡村稔久

菅江真澄遊覧記 (1) (東洋文庫 (54))』平凡社 菅江真澄 内田武志、宮本常一

教育社新書<原本現代訳>131 料理物語』平野雅章

WILD FOOD』Phillips Roger

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