山のめぐみ図鑑

ぜんまい|銭巻

雪が溶け、山々が緑一色に染まり始める5月頃、東北の山村では玄関前に筵を広げてぜんまいを揉んでいる光景を目にします。山から採ってきたぜんまいは、茹でて天日で干しながら揉んで乾かしていく。そうして出来上がった干しぜんまいは、保存食として使われたり生活の糧となってきました。

いつ頃からぜんまいが生活や生業と結びついたのかは定かではありませんが、江戸時代には既に幕府・藩の献上品になっていたり、商品としての流通が始まっていました。大鳥から5kmほど下ったところに”倉沢”という集落がありますが、ここの古文書には「寛政5年(1793)には田沢・本郷両組大庄屋あてにぜんまいを上納した記録、同年に藩から干しぜんまいを江戸に納めよ」という通達を受けた記録があるそうです。また、元禄8年(1695)刊行の「本朝食鑑」には「ゼンマイは近世食にすること流行す」と書かれ、寛政2年(1790)春には物価引き下げのために値段調べを命じ、乾物では椎茸・ゼンマイ、葛の三品について調べられています。

近代では日清戦争以後の日本海軍の船中保存食として、戦後は冷蔵庫が一般に普及する前までは遠洋漁業の船中食料として重宝されていました。大鳥では40~50年前は新潟県の”ホシモト”という人がぜんまいを大量に買付けに来ていたそうです。その需要を満たすため、奥山に簡易的な小屋を建て、そこで寝泊りしながら一ヶ月に渡って集中的にぜんまいを採っていた。一ヶ月で200kgもの干しぜんまいを作り、販売していたそうです。干した状態で200kgということは、生の状態で約2,000kg。

深く険しい山々に囲まれ、田畑の面積も広く取れなかった大鳥地域でも各時代の需要に合わせてぜんまい採りが盛んに行われていた。現代では奥山の小屋もたたみ、日帰りのみとなりましたが、採ってきたぜんまいは保管され、行事などに使ったり販売したりしています。

ちなみにぜんまいの名の由来は、綿の被った姿を小銭に見立て、渦巻き状であることから”銭巻”となり、それが”ぜんまい”に転化したと言われ、時計のゼンマイは山菜のゼンマイがモデルになったのだとか。

ぜんまいの植生と採り方

ぜんまいは多年草のシダ植物で、”ぜんまい”と”ヤマドリぜんまい”の2種類がある。写真で長く伸び、胞子葉がついたものがヤマドリぜんまいで、大鳥では”男ゼンマイ”と呼ばれる。この胞子葉の部分が固いので、柄の部分だけを食用する地域もあるそうですが、大鳥では食べないので見向きもしない。写真で短く、若芽がついたものが”ぜんまい”で、大鳥では”女ゼンマイ”と呼ばれる。これを積極的に採集します。

5月上旬頃にはぜんまいが出始め、大鳥の人たちは眼の色変えて山へ行く。山の北向きの陽のあたる、割と険しい斜面に群生し、株で男ゼンマイ、女ぜんまいの両方が生えている。丁度良い長さ、太さ、柔らかさの女ぜんまいを、茎がポキっと折れる場所から一本ずつ手前に折り、採集していく。根元から折ると固い部分が残って食べずらいので、根元までは採らない。株で生えるぜんまいは、必ず2~3本残して採取する。こうしないと来年も採れるはずのぜんまいが細くなっていたり、生えなくなってしまう。それでも、毎年同じ場所で採れば徐々に細くなってしまうので、その時はその場所を休ませて別の採り場に行く。ちなみに、細くなったぜんまいがまた太くなるまでは3年は掛かるそうです。

密集して生えている場所を”ぜんまい畑”なんて言い、見つければ我を忘れて採取する。出始めてから1週間もすればすっかり伸びて茎が硬くなってしまい、食用にも商品にもならなくなるのでぜんまい採りは時間との闘い。雪解けの早い手前の山から採集を始め、時期が進むにつれ奥へ奥へと、またはつい最近まで残雪があった場所へと採る場所を変えていき、5月下旬にもなると大よそゼンマイ採りは終える。

ちなみに、ぜんまいを覆っている茶色い綿毛は、雪解けの寒い時期に体を守るためにあるらしく、温かくなったら自然と落ちていく。かつてはこの綿を固めて毬の中に入れたり、繊維が細かいので木綿や真綿をまぜて糸にして被服を織るのに使われた。また、新潟県村上市にある山熊田集落では紡いで糸を採り、和服帯の横糸としてゼンマイ紬(ちゅう)を織られていたそうです。

ぜんまい採り

前述の通り、ぜんまいは山の険しい斜面に生えているので採りに行くまでが一苦労。場所によっては一時間以上も山を歩いてやっと採集場所に着くので、陽が登る頃には登り始め、8時頃には本格的な採集が始める。気温が上がると疲れやすくなるので、午前中が勝負。

ちなみに大鳥の人に限らず鶴岡市や東北でも?狩猟・採集などで山に行くことを「騒ぐ」と言います。山伏の言葉でも使われるそうですが、文字通り「山を駆け廻ること」を言います。ぜんまい採りにいくことも勿論で、家の人には「騒いでくる。」と伝えて出掛ける。

大きいてんごと小さいてんごを背負い、中には朝ごはん、水分、補食などを入れている。大きいてんごは持ち帰り用、小さいてんごは採集用。大きいてんごを腰にぶら下げながら採集すると動きにくいので、小てんご一杯にぜんまいを採ったら大てんごに移し替える…という風にする。その方が効率的かつ大量に採れる。それらてんごを、昔は”バンドリ”と呼ばれる藁で作られた背中当てをつけて背負っていた。バンドリといううのは動物のムササビのことを言い、晩に飛ぶ鳥のようだからとバンドリという地域名が付いたのだとか。そしてムササビが滑空している姿に似ていることから、背中当てもバンドリと呼ばれるようになったのだとか。このバンドリがないと、てんごのヒモが肩や脇に食い込んでしまい、痛くて歩けない。今もバンドリを使う人もいるが、登山などで使われるアルミ製の背負子を使う人も増えている。

急斜面なので石や岩が落ちてくる危険もあり、ヘルメットもする。足元は長靴+アイゼンか、スパイク長靴も悪くないが、大鳥の人はもっぱら地下足袋が多い。足の踏ん張りが効くし、フィットするので山菜採りでもキノコ採りでもよく使われる。

山のあちこちに群生しているぜんまいを効率的に採集するのは意外に難しい。生え方によって、群生している場所によって、どのルートで効率的に集められるかが変わる。斜面を登って、横に移動して下りて…と登り降りを繰り返すこともあれば、目の前のものをとにかくかき集めることもある。

生えているぜんまいを片っ端から取ることは決してせず、太くて柔らかいぜんまいを中心に採取する。そうした選んだ良いぜんまいのことを大鳥では「選りぜんまい」と言います。(ちなみに湿地に生えているぜんまいをヤジぜんまいという。)ぜんまいは一本ずつポキポキと折り、片手に5本ほど持ったら手で若芽の部分と綿をこいて、柄の部分だけをてんごに詰める。若芽は食べないし、綿は今では使われないので、そうして少しでも帰りの荷物を軽くする工面をする。崖のようなところに良いゼンマイが生えていることが結構あって、行くか否か、本当に迷う。そのくらい危険な場所で採集しているし、でも良いゼンマイを見ると本当に採りたくなる。玄人になると、ロープを木に結び、それをつたって崖のぜんまいを採るのだとか。

場所や生え加減にもよるが、大鳥の人だとおおよそ3時間で大てんご一杯、小てんご一杯で少なくとも30kgを背負って山を下り、遅くとも昼過ぎには家へ帰ってくる。

帰って荷物を降ろしたら休む間もなくぜんまいを茹で、乾燥作業が始まる。

ぜんまいの乾燥作業

採ってきたぜんまいは袋やカゴに入れて水切りができる状態にし、沸騰したドラム缶などに入れて茹でる。目安として80℃になったらぜんまいを入れて、90℃になったら揚げる。ぜんまいの頭が曲がるくらいになれば良いのだとか。が、「沸騰したドラム缶に一分くらい浸して上げる」という人もいて、個人によって茹で加減の基準が様々である。

茹で上がったぜんまいは、ゴザや筵の上に広げて天日干し。2~3時間に一度は手で揉まないと水分がよく飛ばず、また乾燥した際にポキポキと折れてしまう。「良いゼンマイは揉み手の腕」と言われるほどに揉み方一つでぜんまいの良し悪しが決まる、重要な作業です。

ぜんまいを束ねて団子を作り、ゴザに押し付けるようにギュッギュッと力を入れて揉む。

揉んだら再びゴザや筵に広げ、2~3時間したらまた揉む。その作業を日が暮れるまで繰り返す。

天日干しすると1日程度で赤っぽくなる。乾燥が進むにつれが徐々に黒く、硬くなり、3日目ともなれば揉まずにひっくり返すだけという作業になる。乾燥が仕上がるには晴れの日で丸3日間かかり、容量は元の1/10程度になっている。曇ったり雨が降れば干せないので、小屋にしまっておく。囲炉裏があった時代は、飴の火は囲炉裏の上の火棚に乾燥中のゼンマイを載せて乾かしていたそうだ。

30年ほど前から大鳥でもぜんまい専用の自動乾燥機が導入され、一度に100kgを数時間で乾燥できるようになった。手作業に比べて数段と効率が上がるので機械乾燥をする人もいますが、今でも大鳥に手揉み乾燥の文化が残っているのは、仕上がり具合や味わいがやっぱり違うからだそうです。

塩ゆで、再乾燥、足切り作業

乾燥させたぜんまいは、6月下旬の雨季に入る前にさっと塩茹でをし、一日ほど天日で乾燥させる。そうすることで夏に虫がつかなくなるそうです。最後に、硬いところや見栄えの悪いところをハサミで一本一本、切る作業を行います。

足切り作業が終わったぜんまいは、袋詰めにして保管しておきます。良く乾燥されたぜんまいは3年以上保存が効くとも言われますが、大鳥の人たちの場合は親戚や知人に送ったり、行事等で自家消費したり、販売したりで一年で大よそ掃けてしまうそう。

採集、乾燥、足切りと、多くの手間をかけて出来上がる大鳥の乾燥ぜんまい。余所からも「大鳥のぜんまいは太くて良いぜんまいばっかりだね。」と言われるのも、大鳥に良いぜんまいが生えてくれることだけでなく、良いゼンマイを選んで採り、乾燥、足切りに手間暇かけてきた大鳥の人たちがいるからこそだと思います。

 

■参考文献

『朝日村史』

山菜採りの社会誌―資源利用とテリトリー』池谷和信

月山 山菜の記』芳賀竹志

採集―ブナ林の恵み (ものと人間の文化史)』 赤羽正春

大鳥のこと

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